「共に悩み共に喜ぶ-台湾の教会」

コンリトの信徒への手紙I 12章26節

説教 原 誠 牧師

 今年10月4日の週報に、東北教区と台湾基督長老教会嘉義中会から宣教協力に基づいて、マスクが1万枚届けられたことが報告されています。教団と台湾基督長老教会、東北教区と嘉義中会とはどのような関係があるのか、歴史を振り返ってみましょう。
 太平洋戦争後、東アジアでは大きな変動があり、台湾はその渦中におかれました。49年に本土が共産化したことによって台湾には蒋介石の国民党が移動してきて戒厳令が敷かれました。そのなかには多くのキリスト教徒もいたのです。台湾にはもともと台湾にいた人びと(本省人)88パーセント、本土からきた人びと(外省人)が12パーセントでした。台湾の人口は2500万人でキリスト教徒(プロテスタント)の数は80万人、そのうち最も強力な教会が台湾基督長老教会で信徒数15万あまりでした。台湾基督長老教会には22の教区(中会)があり、その内訳は台湾人(本省人)の信徒が35パーセント、外省人の信徒が35パーセントです。22の教区(中会)のなかには先住民の教区(中会)が11あり、信徒数は30パーセントです。多様な歴史的、文化的、民族的背景を持っていました。国民党が台湾にきてから蒋介石は厳しい反共政策を取りましたが、このとき資料によれば5000人が虐殺されました。また教会の牧師、伝道師、キリスト教学校の校長、台湾大学の教授なども共産主義者と見なされて虐殺されました。
 こうした厳しい思想統制の時代のなかにあっても、台湾基督長老教会は、徐々に本省人と外省人の隔たりを超えて、また先住民の教会を含めて、台湾人としてのアイデンティティを形成しようとする教会となっていきました。
 1971年の米中国交回復という出来事は台湾にとって衝撃でした。台湾は世界から見捨てられようとしたからです。台湾基督長老教会は世界教会協議会(WCC)に加盟していましたが、WCCが中国の国連加盟支持の立場を取ったために、台湾基督長老教会はWCCを脱退しました。このとき台湾基督長老教会は1971年に「国是声明」という特別な声明を出しました。これはキリスト者の社会的責任に関して、台湾の将来は台湾すべての住民によって決定されなければならない、人権は神によってのみ祝福される、そして台湾で総選挙がなされなければならない、というものでした。教会はこの声明によって政府から厳しい統制を受けました。さらに1975年には「われわれの呼びかけ」という宣言を発表しました。そして1977年にアメリカが中国はひとつという政策を発表した時にも、台湾基督長老教会は「台湾基督教会人権宣言」を発表しました。この状況のなかで高俊明総幹事は逮捕、投獄されました。「人権宣言」を発表したとき、参加者した代議員は宣言文を隠し持ってそれぞれの教会にもどり、翌週の聖日礼拝のときに一斉に「人権宣言」を公表したといいます。
 日本基督教団は一貫して台湾の教会と連帯の立場をとり続け、共に歩む姿勢をとり続けました。それが今回の「支援のマスク」となりました。
「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」という、主にある連帯は国家を超えて存在していることを知りたいと思います。ここに神の主権が主権があります。

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