メッセージ
「この地のうめきを希望に」
牧 師 小西 望
時 間 10時30分から11時30分ごろ
交読文 詩編 146編1~10節
聖 書 イザヤ書 42章5~9節 (p.1128)
マルコによる福音書 16章14~18節 (p.98)
讃美歌 479・402
マルコ16:9~は本来のマルコ福音書には無く、後につけ加えられたものと考えられています。それゆえ、新共同訳でも[ ]に入れて記されています。たしかに、復活の主イエスが弟子たちをおとがめになったとの記述(14節)などには違和感も感じます。
他方、ここには15「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」との宣言があります。世界と人間そしてすべての被造物は多くの課題と困難を負っていますが、神の創造の祝福にあってそれらは存在し、その回復のためにこそ主イエスはこの地に十字架の救いを据えられたのでした。
この宣言と同じ響きをもつメッセージが、ローマ8:18~25にあります。ここの22「被造物がすべて今日まで共にうめき、共に産みの苦しみを味わっている」との理解と、15「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」との指し示しは内容的に響き合っています。15「福音」は全被造物の「うめき」を分かち、これを大いなる希望へと向けるものなのです。
イザヤ42:5~でも、5「天」5「地」と生けるものへの祝福、そして6「主」に連なる者の使命が語られています。それは生きて働かれる主(9節)に従い、正義と平和の実現のために労することです(7節)。
17「信じる者」に伴う17「しるし」として挙げられている17「悪霊を追い出し」とは罪の支配からの解放、17「新しい言葉を語る」とは主の言葉に養われ生きること、18「手で蛇をつかみ」とは誘惑に打ち勝つこと(創3:1~)、18「毒を飲んでも…害を受けず」とは世に勝つ主に連なること、18「病人に手を置けば治る」とは愛と癒しに向かうこと、とそれぞれ受けとめることができましょう。
復活の主イエスは、私たちがたとえば教会といった限られた場所だけでうれしく生きることを望んではおられません。それぞれが遣わされた15「世界」で15「福音」を生き、分かち合うことへと召しておられます。