日本組合基督教会との合同
「吸収」ではなく「対等合併」か
1930年3月27日付『福音新報』紙は、ページのほぼ全体を用いて、クリスチャン教会と日本組合基督教会との合同について報じています。その記事の説明によると、
・1929年3月開催の日本クリスチャン教会総会において
・諸教派合同の第一歩として
・日本組合基督教会との合同を決議した。
・日本組合基督教会はこの決議に賛同し
・一年で順調に合同の準備を完了した。
――とのことです。
日本組合基督教会を母体とする新聞『基督教世界』を手繰りますと、この「合同」によって「プロテスタント教会の一致運動に貢献する」という志があったことが分かります。また、その背景には、米国におけるクリスチャン教会と会衆派教会(日本語では組合基督教会)との合同があったようです。
1930年10月16日付『基督教世界』紙は、その誌面の多くを費やして、クリスチャン教会と日本組合基督教会の合同後初めての総会の様子を報道しています。そこでは、
・両教団の合同は「吸収合併」ではなく「結婚」であること
・本来は両教団が解散して新しい教団を形成すべきであること
・しかし、その手間を省くために、クリスチャン教会が日本組合基督教会に加入するものであること
が熱烈に語られています。
この合同について一つのことが気になります。それは、「クリスチャン教会と日本組合基督教会は対等合併」という建前は、実際には、クリスチャン教会の解消という現実をもたらした、ということです。1930年以降、「クリスチャン教会」を語る言葉はごく稀な例外を除いて見いだされなくなるのです。
このことは、日本基督教団と沖縄キリスト教団との「合同=対等合併」という建前とその現実との間にある、どうしようもないほどのギャップが思い出されるのです。沖縄の教会のみなさまの痛みを想像することができたこと、それはまさに、ここまでのクリスチャン教会の歴史を学んだ最大の成果かもしれません。
いずれにせよ、この合同によって各地のクリスチャン教会は名称を変更し、近隣の日本組合基督教会と合併していきました。当教会の前身である「石巻日本クリスチャン教会」も、名称を「日本組合石巻基督教会(石巻組合教会)」へと変更したのです。
