石巻栄光教会物語 第1回

石巻栄光教会の原点

ジョーンズ宣教師と教会の設立

 1810年、米国に「クリスチャン教会」が生まれます。それは1790年代に起こった米国のメソジスト教会内における分裂が発端となりました。その分裂した元メソジスト教会に、米国内のいくつかのバプテスト教会と長老教会が合流して生まれたのが「クリスチャン教会」です。それは「欧州的な教会」ではない「クリスチャンの教会」を目指した、米国ならではの新しい教会づくりの運動でした。石巻栄光教会の歴史を考える時、この原点は、いつも重要な意味を持ってきます。

 1887年1月、米国クリスチャン教会は、D・F・ジョーンズ(David F. Jones)氏を宣教師として日本に派遣しました。ジョーンズ宣教師は妻アメリア(Amelia P. Jones)と息子・娘の4人家族で、バーデット社製のリードオルガン(現在も現役で活躍中)と共に日本へと出発し、1887年6月、当時人口2万人程度であった石巻に到着しました。
 ジョーンズ宣教師は所謂「正規の神学教育」を受けていない「元職人・技術者」でした。当時の日本は許可された場所以外での外国人の居留に制限を課していましたが、「個人資格の英語教師」という名目で、ジョーンズ宣教師は石巻の市街中心部から少し離れた場所に住居を得ます。ほどなく石巻一致教会(現在の日本基督教団石巻山城町教会)からの転入者を得て「日本クリスチャン教会」としての活動を始め、1887年9月25日に教会の設立式を行います。
 その直後である9月28日、石巻の市街地中心部のほとんどを灰燼に帰す大規模火災が発生し、その救援活動の中で、教会としての活動が公に知られるようになります。そして、1888年2月21日に石巻の中心部である本町御殿横丁(現在の石巻市中央1丁目)に礼拝堂が献堂されるのです。

 その後、日本クリスチャン教会は「石巻日本クリスチャン教会」と名称を改め、毎週10名程度の礼拝出席者と共に、様々な米国宣教師の駐在を得つつ、主に日本人伝道者によって、東京・宇都宮・仙台のクリスチャン教会との連携の内に、東日本の宣教・伝道の中心として活躍を続けます。
 創立者となったジョーンズ宣教師は、その冒険心とフロンティア精神によって高い評価を受ける一方、東京での活動もそこそこに離日し、中国へ聖書を販売しに渡ったと伝えられています。

 ドイツ改革派系である石巻一致教会の信徒と、メソジスト系である弘前美以教会の教職と共に、日本クリスチャン教会がスタートしていることは、重要です。そこには上記に確認された「クリスチャン教会」の原点がはっきりと再確認されると思います。
 さらに、大災害に苦しむ人々への奉仕をもって教会が公に知られるようになったことは、「地域への牧会」という目標の雛形があるように思われます。

石巻クリスチャン教會 1900年頃と思われる