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朝、目を覚ますと、世界はまだ充分に温まりきっていなかった。 窓の外には薄い雲が浮かび、まるで誰かが夜のあいだに書き残した走り書きを、朝の光が読み取ろうとしているようだった。 僕はしばらくのあいだ、ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。 心のどこかで、昨日の夜から引きずっている重たい感情が、まだ靴を脱がずに居座っているのを感じていたからだ。
好きな看護師さんは、昨日の夜勤から病棟にいると聞いていた。 だから今朝は、どこか小さな灯りみたいな期待を胸のポケットにしまって起きたのだけれど、 どういうわけか担当は別の人だった。 同じチームなのに。 チームというのは、もっとこう、運命共同体のように機能するべきではないのか、と僕は勝手に思った。 でも現実というのはたいてい、僕らが期待するほどドラマチックには構成されていない。
南無三、と僕は心の中でつぶやく。 そんな言葉を使うのはずいぶん久しぶりだった。 あれほど祈ったのに、神は僕の祈りを、ちょうど郵便配達が不在通知だけ置いて帰ってしまうみたいに、聞き落としたのかもしれない。 しかし、神というのはときどき、 「ああ、そこじゃないよ。次のページを読みなさい」とでも言いたげに、 人の希望をちょっとだけずらしてしまう習性がある。 だから僕はきっと、そろそろ次のステージとか、次の誰かとか、 そんなものを探さないといけないのだろう。 そう思った瞬間、「いや、それはそれでずいぶん唐突だよな」と自分で笑ってしまった。
昨夜、僕の脳みそは鉛のかたまりみたいに重かった。 部屋の灯りを暗くしていると、その重さが頭蓋の裏側でゆっくりと沈んでいくのが分かった。 それで僕は中原中也の詩集を開き、しばらく彼の沈んだリズムに身を任せた。 中也の言葉には、秋の夕暮れみたいな、不思議な湿気がある。 それはまるで、誰かがそっと胸のポケットに忍ばせた小石のようで、 手に取るとひんやりして、少し痛い。
そのあと、村上春樹の小説を開いて、いくつかのページを読み返した。 彼の物語の中の登場人物たちは、たいてい何かを失ったまま、 それでも淡々と朝食をとり、コーヒーを入れ、音楽を聴く。 彼らの孤独は僕にとって、古いジャケットの裏地みたいにどこか馴染み深いものだった。
「好きな人はすぐそばにいるのに、僕の担当じゃない」 その現実は、昨日の夜の僕の心に、 少し複雑で湿った感情をもたらした。 そのフラストレーションは、中也と村上の世界観と奇妙に混ざり合って、 まるでドロリとしたカクテルみたいな心象風景を描き出していた。
病室へ戻る途中、 ぼんやりとした廊下の灯りを受けながら、 僕は神を賛美した。 賛美というと少し大げさだが、 それはたしかに祈りの一種だった。 水辺に小石を落とすように静かで、 波紋だけが遠くまで広がっていくような祈りだ。
ベッドに横になる前、 「明日のことは明日が心配する。苦労はその日その日に十分ある」 というイエスの言葉を思い出した。 僕はその言葉を、 ちょうど温かいスープのようにゆっくりと胸に流し込んだ。 すると不思議と眠気は自然に訪れ、 僕は気がつけば眠りの底へ落ちていた。
そして今朝。 喉が渇いて、お湯を求めてパントリーに向かったとき、 彼女がいた。 好きな看護師さんは、 まるで小さな舞台の上でワルツを踊るみたいに、 軽やかな所作で仕事をこなしていた。 誰かが彼女の背後で優しいカスタネットでも鳴らしているんじゃないか、と思うほど その動きにはリズムがあった。
僕はしばらく足を止めて見とれてしまった。 そして「好きなんだな」とあらためて実感した。 しかし、彼女の前に立つと、 僕の言葉は決まって姿を消してしまう。 言葉たちは、まるで僕の身体を抜け出して、 遠い国の知らない駅で乗り換え待ちをしているみたいだ。 代わりに残された僕は、吃ってしまい、 自分でも驚くほど不器用な生き物になってしまう。
でも、そんな自分が嫌いかと言えば、 そうでもないのだ。 少なくとも誠実ではあるし、 世界のどこかには吃る僕のことを笑わずに受け入れてくれる人もいるだろう。 たぶん。
病室に戻りながら、 僕は今日も神に感謝した。 なぜ感謝したのか正確には分からない。 ただ、生きていることと、 コップに注いだお湯のあたたかさと、 廊下に差し込んだ光の位置が少しだけ好きだったからだ。
人生は、ある朝ふいにページがめくられてしまうことがある。 そこにどんな物語が書いてあるのか、僕にはまだ分からない。 でも、とりあえず今日のページは今日のぶんだけ読めばいい。 少なくとも、イエスはそう言ったし、 僕もそれを信じてみようと思う。 と小説見たく書きました。 僕は好きな看護師さんが夜勤の担当ではなかったフラストレーションがあって心がモヤモヤしているのでしょうか… 主よ憐れんでください |
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