「わたしたちは、主が語られたことを、すべて行います」

出エジプト記 19章1~8節
マタイによる福音書 5章17~18節

 

 出エジプトを果たしたイスラエルの民は、かつてモーセが主からの召しを与えられた(31 1「シナイ」山に辿り着き、ここで十戒・律法を内容とする契約を与えられました。このとき主はアブラハム・イサク・ヤコブといった個人を超えて(224)、初めて民と契約を結ばれたのであり、これが旧い契約(旧約)と言われるものです。

 まず主は、 4「鷲」が雛を護り慈しむように(申3211)私はあなたたちを導き上ったと、この契約が主の大いなる恵みのもとに結ばれるものであることを明らかにされました。これに対し民は、声を合わせ 8「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」と繰り返し誓ったのでした(247)。

 この誓いの言葉を、私たちはどう受け止め得るでしょう。この直後、民は金の子牛を作ってこの偶像を拝み、誓いの言葉を破るのです。この出来事には人間の誓いの不確かさ、空しさが指し示されていましょう。

 と同時に、主の与えられた契約は人間の弱さ・破れをも覆う慈しみの上に立てられていることを知るべきです。まさに親鳥が雛を育てるように主は繰り返し背くイスラエルの民を導き、契約を捨てられませんでした。そしてこの契約はエレミヤの預言を経て(エレミヤ313134)、主イエス・キリストの受肉という新しい契約(新約)へとつながっていくのです。

 8「主が語られたことをすべて、行います」との私たちの言葉に破れが含まれていることを主はご存じの上、なおこの応答を喜ばれるのです。そうした破れにもかかわらず、 5「今…聞き従」うならばあなたたちは主の民としての恵みを頂く、と呼びかけられていることを心に留めたく思います。

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