「その名が記憶された理由」

出エジプト記 1章15節~2章10節
ヨハネによる福音書 18章33~38節

 

 出エジプト記は強大な王朝によって栄えたエジプトについて記しつつ、その王の名については興味がないようです。一方、15「二人のヘブライ人の助産婦」の名は「シフラ」「プア」と記されています。

 ヘブライ人が増えるのを憂えた王は22「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め」との命令を出しました。幼き命に対する暴虐はもちろん、後に“エジプトはナイルの賜物”と語られたようにこの国がその流れの恩恵によって支えられていたことを思えば、これは余りに驕った暴言と言わねばなりません。エジプトは1970年、ナイル川を堰き止めるアスワンハイダムを建設しました。その治水により耕土や電力を得た一方、土地痩せ・塩害・下流の浸食などの環境破壊も起こり、その意義が問われています。この王の言葉は時代を超えて、人間のあり方を問うていましょう。

 王のこの愚かな言葉に抗い幼児の命を助け出した者として、助産婦二人の名はこうして今日まで記憶されているのです。またそうした抵抗にあって10「水の中から…引き上げ(マーシャー)」られた幼児が、民をこの国から引き出す者(モーシュ)モーセとされていった神の計画を出エジプト記は記しています。

 さて主イエスを裁き十字架刑を言い渡したローマ総督33「ピラト」の名も、使徒信条において今日まで記憶されています。38「真理とは何か」と問いつつも引き渡してはならないものを引き渡していった彼の姿は、この世のあり様そのものを象徴しています。彼の名がくり返して唱えられるのは、一つにこの世の愚かさをふり返るためであり、もう一つはそうした世を捨てずに愛して救いへと導かれた神の愛を覚えるためです(316)。

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