「宝が隠されている」

マタイによる福音書 13章44~50節
イザヤ書 45章1~7節

 

 来週もたれる教区総会では、なお震災への取り組みが主たる協議事項となりそうです。地域も教会も甚大な被害を受け、なおその中を歩んでいるからです。被災者支援センターエマオと放射能問題対策室いずみの働きを、少なくとも20173月まで継続することが提案されています。

 一方課題と向き合う中で、新たな出会いと協力という恵みも与えられました。特に、台湾基督長老教会(PCT)嘉義中会とアメリカ合同教会(UCC)の2教区とは宣教協力を進める話し合いが始まっています。

 今日開いた聖書には、耕していた畑で44「宝」を見出したとの譬え話があります。前段の良い麦と毒麦が混在する畑の譬え話で、38「畑は世界」だと語られています。ここでは、課題に失望することなく今に取り組み歩み続けることの大切さが指し示されていましょう。希望を仰いで耕し続ける者は、不意に44「宝」を見出すのです。

 B.C.6世紀のバビロン捕囚期に働いた預言者エレミヤまた第二イザヤは、全世界を治めておられる主なる神が人の思いを超えて歴史を導かれることを指し示しました。すなわちイスラエルの罪を悟らせるため敵将ネブカドレツァルをも用い(エレミヤ278)、ペルシャ王 1「キュロス」を用いて解放をもたらすと告げたのでした。これらの預言によって、民は亡国と捕囚という大きな試練にもなお主の指し示しがあったことに目を開かれたのでした。

 44「宝」とは44「天の国」、すなわち神の国の恵みであり、それは世の宝にまさるものだと語られています。課題また試練ある世界にも、私たちは神の国につながる恵みを見出すことができるのです。

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