「思い起こしなさい」

コリントの信徒への手紙 一 11章23~26節
出エジプト記 6章2~8節

 

 24「わたしの記念としてこのように行いなさい」の「記念」の原語 “アナムネーシス” (記憶・想起)は、深さをたたえた言葉です。今日に到るまでユダヤ教は過越祭で出エジプトの出来事を、キリスト教は主の晩餐を、まるでままごとをするかのように繰り返すことを大切にしてきました。それはそこに刻まれた神の救いを思い起こし、追体験するためです。

 通常 “アナムネーシス” は聖餐と結びついた言葉として語られますが、これにとどまらず私たちの信仰に重要なことだと言えるでしょう。震災への取り組みについて県内の公立高校に講演に出かけた庄司宜充牧師(現・西宮公同教会)は生徒から“キリスト教のいいところって何ですか?”と訊ねられたとき、“復活信仰といって思い起こすことを大切にすることです”と答えられたそうです。

 心理療法の一つに“回想法”というものがあることを聞きました。重い認知症の方も、かつての充実した思い出が呼び覚まされるとき、生きる力が回復して来るというのです。私たちは信仰にあって、かつての神の言葉また主イエスのみわざが今を生きる私たちにも与えられることを追体験するのです。

 主はモーセを出エジプトの指導者として遣わされるに際し、5「わたしはイスラエル人のうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした」と語られました。人間は限られた存在であるが故、充実の今もさらには思い出もやがては過去へと消えていくことでしょう。でも主なる神は決して忘却されることなく、小さな者をわが民として慈しむとの契約を果たされるのです。“思い起こしなさい、そして私とつながっていなさい”との主の招きは、この主ご自身のみわざによって確かなものとされています。

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