「わたしの平和を与える」

ヨハネによる福音書 14章18~31節

エレミヤ書 6章13~15節

 

 十字架の前夜にされたいわゆる訣別説教において、主イエスは27「心を騒がせるな。おびえるな。」と言われました。最大の使命を前にして27「心を騒がせ」ておられたのは主イエスも一緒です(1227)。がその後弟子たちがおびえて逃げ去ってしまったのに対し、主イエスは独り十字架へと進まれたのでした。

 弟子たちの不安は主イエスがどこかへ行ってしまい、独り残されることに起因していました(58節)。私たちも時に思いがけないことが与えられるとは知っていますが、問題は独力で乗り越え得るかどうかわからないことです。

 この弟子たちが、起こり来る困難にももはやおびえることなく進みゆく者とされる時が来ます。それは主イエスの十字架と復活の後、26「聖霊」が分け与えられてのことでした(使徒21~)。

 26「聖霊」は、主イエスを26「ことごとく思い起こさせ」、その臨在を19「見」させるのだと告げられています。弟子たちは、自分たちが決して独りではないことを知ったのです。世の力に屈服せず、なおかつ世を愛し、その救いのために十字架へと進まれた主イエスが今も共におられることを仰いで、弟子たちは歩んだのでした。

 このことを、主イエスは27「私の平和」と呼んでおられます。この平和は代々の信仰者に、そして今を歩む私たちにも分け与えられています。

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