教会創立127周年記念礼拝 「騶虞は折らず生草の茎」

イザヤ書 42章1~4節
ヨハネによる福音書 2章1~12節

 

 騶虞(すうぐ)とは、聖人の徳に感じて現れるという空想上の動物で、白虎のような猛々しい姿でありながら生き物を襲ったり草さえ踏みつけないという心優しい獣です。新島襄は“騶虞不折生草茎”との李白の詩に 3「傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく」とのイザヤ書の預言の言葉を重ね合わせ、“小生の心情を貫きたるもの”と書き記しています。

 この預言が語られたのは、イスラエルの民がバビロンの地で捕囚とされていたB.C.6世紀のことです。 3「傷ついた葦」 3「暗くなってゆく灯心」との語は、歴史から消え去りそうな彼ら自身の姿でもありました。そうした中、ペルシアという新たな勢力の勃興に期待を寄せる向きもありましたが、預言者は弱く小さなものをも粗末にすることなく、ついには 3「裁きを導き出して、確かなものとする」主のみわざにこそ目を向けようと語ったのでした。

 その後新約の時代に至り、小さな一人一人に向き合い愛され、十字架によってついには地に救いの道を拓かれた主イエスこそこの預言の実現だと福音書は語りました(マタイ1215~)。

 会衆派教会の伝統は、一人一人がこの主イエスの愛を受け、尊さを分かち合われていることを大切にします。そのことを新島は“小生の心情”と述べたのでした。福音書には、主イエスが人々の小さな働きを用いて大きな祝福を顕わされたことが繰り返し述べられています(ヨハネ21~、61~等)。主の不思議な御手こそが私たちを導かれることに目を向けたく思います。

 騶 虞

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