「そこにも働く神の恵み」

テトスへの手紙 1章10~15節
詩編 11編1~7節

 

 12「クレタ人はいつもうそつき」とは、哲学者エピメニデス(B.C.600年頃?)の言葉です。彼自身がクレタ島の出身ですから、この言葉自体信じてよいのか?、と問題になるのがエピメニデスのパラドックスと言われるものです。それはともかく、彼は残念ながら自らの故郷を愛することができなかったのでした。

 ここではその言葉を引用しつつ、クレタ島がなお環境の悪い場所であることが強調されています。この手紙は、伝道者パウロとその弟子・同労者テトスの名を借りて2世紀初めになって書かれたものと考えられますが、このことも与ってテトスはクレタ島の主教となりこの島で生涯を終えたとの伝説が生まれました。

 513節によると、テトスはあえて環境の悪いこの地に残され困難な働きを課せられたことになります。

 211に「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました」とあるように、神の恵みは悪い環境も課題をも乗り越えて救いをもたらすとの確信がこの手紙の背後にあることに目を留めたく思います。いつの時代、どの場所にも人間の罪と課題はあります。そこだけに目を向ければ、世界は15「何一つ清いものはなく…汚れて」いると見えましょうが、その只中に主の十字架が立てられていることを知る者はなおそこに働く愛とそれゆえの15「清」さを見出すのです。

 課題にぶつかる私たちが歩む場にも、主のまなざしと働きが注がれていることを仰ぎつつ、歩を進める者でありたく願います。

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