2・11「信教の自由を守る日」を迎えるにあたって

2月9日説教要旨にも記したように、

日本キリスト教団東北教区は、このたびメッセージを発表しました。

この場でも、ご紹介します。

 

2・11「信教の自由を守る日」を迎えるにあたって

  東北教区諸教会・伝道所の皆さま

2014年2月9日  

東北教区 常置委員会 ・ 総会議長 

 私たちの主イエス・キリストの恵みと祝福が主にある皆さんの上に、そしてこの東北にある一人ひとりの上にありますように祈ります。

 さて、昨年末から、私たちの国では驚くようなスピードで大変危険なことが起こされています。11月27日国家安全保障会議(日本版NSC)設置、12月5日特定秘密保護法の成立とそれに関わる懲罰の明記、12月23日武器輸出三原則を破り、自衛隊の弾薬を提供、そして、12月26日安倍首相の靖国神社参拝と続きました。私たちはこれからも臆することなく、これらに対し抗議の声を上げ続けていきます。

 安倍首相は今回の「特定秘密保護法」に対し、多くの国民による反対の声を無視し強引な手法で採決しました。その結果支持率が下がり、批判の声が大きくなると、「秘密が際限なく広がる、国民の知る権利が奪われる、通常の生活が脅かされる。そのようなことは断じてありえない」と釈明しました(12/10)。しかし「日の丸・君が代、国旗・国歌法」の時も、時の首相が「それぞれの思想・信条の自由は保障される」と国会答弁しましたが、法成立後、多くの教師が処罰されているのです。

 また、憲法改正に意欲を示しています。たとえば、憲法改正のための自民党草案21条では次のようになっています。「集会、結社、および言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。2.前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」と。これはまさに、「安寧秩序に背かない限り」の“信教の自由”が謳われていた大日本帝国憲法の規定と変わりません。特定秘密保護法と相俟って、国に都合の悪い情報が隠されることを危惧します。このような状況下で、かつてどれだけ多くの人が牢獄に入れられ、獄死されたことでしょう。教会そのものが解散させられたケースさえあることを私たちは忘れません。

 安倍政権はこれから憲法9条を解釈変更によって変質させようとしています。集団的自衛権の行使容認を目論み、すでに内閣法制局長官に行使容認派を起用しています。

 同時にまた、学校教育への政治介入も激しく進められています。教育委員会委員長の権限を自治体の首長に移しての、政治主導の教育行政が目論まれています。道徳教育の強化も進められています。教科書が国定教科書のようになってしまうのではないかと恐れます。歴史の真実は、国によって定められるものではありません。

 私たちはこのような状況の中で、今年の「信教の自由を守る日」を迎えます。暗闇が追い迫るかのような時代ですが、私たちは希望を失いません。闇を照らす光なる主に生かされ導かれているからです。主イエスは暗闇が光を理解しないそのただ中においでになり、世の希望なる十字架を立て、復活を遂げられました。この主に支えられながら、以下のことに努めたいと思います。

 一.私たちは神さまによって自由に生きる者とされています。

特定秘密保護法は、私たちの様々な「知る権利」を奪います。特定の仕事につく人や特別の人たちにだけ影響があるのであって自分たちには無関係、と思っている人がいるかもしれません。しかし、これらのことは私たち一人ひとりの自由に関係してきます。憲法19-21条で保障されている「思想および良心の自由、信教の自由、集会、結社、表現の自由」が脅かされてはなりません。

そして私たちは自由が国によってではなく、神さまから与えられているものであることに目を向けます。

 一.私たちは人間の尊厳を大切にします。  

神さまが私たち一人ひとりに与えてくださっているかけがえのないいのちを脅かされてはなりません。「特定秘密保護法」は私たち一人ひとりのいのちを脅かし、平和に生きる権利を奪います。そのことを今回の原発事故で痛いほど知らされました。いのちに関わる情報が国によって制限されることは許されません。主イエスはガリラヤで弱くされた者や小さくされた人をそのままで受け止め、その神のもとにある尊厳を宣言されました。私たちはこの一人ひとりのいのちと尊厳を大切にします。

一.私たちは神さまからの語りかけに心と耳を傾けます。

特定秘密保護法は私たちが真実を知り、調べ、伝えることを閉ざし、国が都合の良い情報を一方的に流すことに道を開きます。「直ちに健康に害を及ぼすことはありません」と。

私たちは『真実』を知ることが大事であることを身をもって知りました。真実を知っていれば、次の道を選ぶことができ、行動を起こすことができます。だからこそ、私たちは神さまからの語りかけに心と耳を傾けます。

 最後に マルティン・ニーメラーの祈りを紹介します。

「ナチスがコムニスト(共産主義者)を弾圧した時  私は不安に駆られた
 が、私はコムニストではなかったから  何の行動も起こさなかった。
 その秋、ナチスはソシアリスト(社会主義者)を弾圧した  私はさらに不安を感じた
 が、自分はソシアリストでないので  何の抗議もしなかった。
 それからナチスは、学生、新聞、ユダヤ人と順次弾圧の輪を広げていき
 そのたびに不安は増大した  が、それでも私は行動に出なかった。
 ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた
 そして、わたしは牧師だった  だから、行動に立ちあがった
 が、もうその時はすべてが  あまりにも遅すぎた」  

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