「神の言葉はつながれていない」

テモテへの手紙 二 2章8~13節
イザヤ書 61章1~4節

 

 テモテへの手紙は先生パウロの名を借りて2世紀初めに書かれたものと考えられます。ただ実際パウロは 9「わたしは…犯罪人のように鎖につながれています」とあるように、その宣教活動中繰り返し投獄されたのでした(フィリピ112、使徒2427等)。

 これは、今日にまで至る歴史の中で繰り返されてきたことです。時の権力者たちは神に従う者、正義に生きようとする者を投獄すれば、やがてその声は絶えるだろうと考えたのです。ここで続けて 9「しかし、神の言葉はつながれていません」と告げられているように、従う者を生かし突き動かす 9「神の言葉」は人間の圧迫や思いを越え、進んでいくのです。

 今日配布した東北教区よりのメッセージ“211「信教の自由を守る日」を迎えるにあたって”にも紹介されているM.ニーメラー牧師はナチス・ドイツに抗する告白教会に参加をしたため約8年間強制収容所に囚われますが、その中で守られた礼拝で説教を続けたのでした。これは『されど神の言は繋がれたるにあらず-ダハウ獄窓説教』(新教出版社、1950)として纏められています。

 十字架さえも、主イエスを釘付けたままにはできませんでした。復活を遂げられ今も生きて働く 1「神の霊」こそが私たちを生かし、自由を与え、導いておられることに励まされ、今をなお進み行きましょう。

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