「生という賜物、そして捧げもの」

ローマの信徒への手紙 14章7~12節
詩編 40編6~12節

 

 ペストが流行した中世の時代、人々は“メメント・モリ”(死を想え)と言い交わして、日々に向き合っていました。いずれ訪れる葬儀の時について備え、ひいては今を生きることを大切にしたいとの本日のコイノニア会(修養会)の趣旨は大切なことだと言えましょう。

 そうした時代の末期1519年に、宗教改革者M.ルターは『死の準備のための説教』を著しました。この冒頭ではまず、死はこの世のすべてからの別れであり、と同時に神が支配される世界への新たな誕生であると述べられています。興味深いのは、死には恐れ・罪・裁きという3つの仕方で私たちを脅かすけれども、それらをあまり見つめないことが肝要だとルターが次いで語っていることです。それは主イエスの十字架と復活によって「死は勝利にのみ込まれた」(Ⅰコリント15:55)のであって、むしろ死を超える命・恵み・招きがあることにこそ着目すべきだからです。

 私たちに分け与えられた命は、主からの最大の賜物(gabe)です。それをどう生かし形づくっていくかは、私たちの課題・使命(aufgabe)でしょう。そしてこれを捧げものとして主にお返ししていくのが、葬儀のひとときではないでしょうか(詩40:8)。そして死をくぐっても、 8「わたしたちは主のもの」であることは固く動かないことを胸に刻みたく想います。

コメントは受け付けていません。