世界聖餐日礼拝 「神の国に生きるリハーサル」

ルカによる福音書 17章11~19節
ハバクク書 3章17~19節

 

 今日は世界聖餐日です。一見ままごとのパン・杯のようであっても、聖餐は主イエスの犠牲によって約束された神の国の喜ばしい祝宴を指し示しています。

 ある礼拝学者が、礼拝とは神がなさったこと、今なさっておられること、そしてやがてなさるすべてのことに連なることであり、神の国を生きるリハーサルだと述べています(J.E.バークハート『礼拝とは何か』)。礼拝において、私たちは神が導かれるドラマの筋書きを発見し、役割を見出し、十二分に演じられるよう切磋琢磨し成長すべく招かれているのです。

 重い皮膚病のゆえにそれぞれの村から追いやられ11「サマリアとガリラヤの間」で共同生活していた十人が主イエスに癒されたとき、神を誉めたたえ主イエスにひれ伏して感謝しに戻ってきたのは一人だけでした。もちろん十人ともが今わが身に与えられた恵みに深く感謝したことでしょう。でもこの一人はのみならず、自らが神の大いなるわざの内に置かれ導かれていることを知ったのです。礼拝において神の国に到るドラマを仰ぐ者は、困難な今をもなお希望をもって歩む力を与えられるでしょう(ハバクク3:17~19)。

 リハーサルとの語には、馬鍬(harrow)で繰り返し土地をならすとの意味があるそうです。毎週の礼拝は、神のみ旨がわが身に根づき育ちゆくためのひとときです。

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