「わたしたちのためにも祈ってください」

コロサイの信徒への手紙 4章2~9節
詩編122編1~9節

 

 コロサイの信徒への手紙は、発信人としてパウロとテモテの名があるものの(1:1)、パウロの死後10~20年後位に彼らの働きを継承する者によって記されたものと考えられています。

 一方、 9「オネシモ」の名はパウロが書いたフィレモンへの手紙に「監禁中にもうけたわたしの子オネシモ」として現れます(同10節)。その名は “役に立つ者”という意味でありながら何らかの不始末をしでかして主人のもとから逃げてきていた彼を送り帰すにあたって、パウロはこの手紙を書いたのでした。「もはや奴隷としてではなく…愛する兄弟として」受け入れてほしいとのパウロの願い(同16節)が、コロサイ教会でこのように実現していることを今日の箇所から知ることができます(3:11)。

 先週も見たように奴隷・自由人の別、ユダヤ人・異邦人の対立などさまざまな障壁があった当時に、 3「わたしたちのためにも祈ってください」と語られている意味を思います。これは自らの足りなさを自覚すると共に、そのありのままを受け入れられた者として共に主の恵みの前に立ちうるとの告白の言葉でもあるからです。“役に立つ”ことではなく、主に受け入れられ愛されていることこそ私たちの拠って立つ基礎だとの価値観の変化がオネシモに、フィレモンに、そして教会の仲間たちに、福音から与えられたのでした。

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