「神によって生きている」

ルカによる福音書 20章27~40節
出エジプト記 3章7~15節

 

 ルカ福音書を順に辿り現在は主イエスの受難物語を読んでいますが、イースター翌週の今日、折りしも主イエスが復活について語っておられる箇所を開きました。

 ここで主イエスは、神が37「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と自らを顕されたこと(出エジプト3:1~)を指し示しておられます。モーセにとって、アブラハムもイサクもヤコブも皆過去の故人です。がこのとき、神の召しに行き先を知らないで旅立ったアブラハムが(創世記12:1~)、約束の地への定着を目指して井戸を掘り続けたイサクが(同26;15~)、兄エサウとの和解という人生最大の課題を前に神と格闘したヤコブが(同32:23~)モーセの中で甦り、彼を出エジプトの指導者という大きな使命へと押し出していったのでした。

 神殿の祭司ら特権層から成る27「サドカイ派」はユダヤ最高法院の多数派も占めており、現状維持を良しとしたグループです。このとき彼らが発した問いにも、その現実主義がよく現れています。

 38「すべての人は、神によって生きている」と、主は教えられました。思い違いをしてはいけません。私たちの願望の先に神がおられるのではなく、現実は未来を規定できないのです。すべてに先んじて「わたしはある」(出エジプト3:14)と宣言される方にあって、私たちの今も未来もがあるのです。そして主イエスのみわざによって破れある私たちが36「神の子」とされている、そこに私たちの復活の希望があります。

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