「泣くペトロ」

ルカによる福音書 22章54~62節
詩編 139編1~12節

 

 今年の大河ドラマの舞台を訪ねると共に、信徒の交流を図ろうとの“新島襄・八重の桜ツアー”(主催:東京同信伝道会)が、12教会32名の参加を得て行われました。時代の課題にあって私たちと同じようにぶつかり悩みつつ道を選び取っていったことを知り、襄や八重がより身近になりました。またそれぞれに多様な働きを担っている諸教会がつながり合い、信頼と協力を交わす大切さに思いを新たにしました。

 主イエスが捕縛され裁判の場に引かれていったとき、ペトロは54「遠く離れて従っ」ていきました。それは33「主よ、御一緒になら…死んでもよいと覚悟しております」との固い決意のゆえでした。ところが、お前もイエスの仲間だろうとの不意の咎めにペトロは三度知らないと主を否み、自らの弱さに敗れていったのです。

 このとき振り向いて見つめられた主イエスの眼差しにペトロは気づき、62「激しく泣いた」とあります。悔恨もさることながら、気づいていなかった私の中の闇をも主は見ておられたことを彼は思い知らされたのでした。32「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」との主イエスの言葉を、彼は生涯忘れることはなかったでしょう。初代教会の指導者として歩みだした後も、ペトロはたびたび失敗を重ねています(使徒10:9~、ガラテヤ2:11~)。が、私を真に支えるものはわが内にではなく、主の赦しと執りなしにこそあると彼は知ったのでした。またそれゆえ立場の違う者をも、主イエスを十字架につけた者をも、「兄弟たち」(使徒15:7、2:29等)と呼び、主にある恵みを分かち合う宣教の働きへと踏み出して行ったのです。

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