「あなたたちの戦い」

ルカによる福音書 22章35~46節
サムエル記上 17章41~47節

 

 かつて「財布も袋も履物も持って行くな」(10:4、9:2)と言われた主イエスが、36「今は」それを持てと言われるのは何故なのでしょう。まして平和の主が36「剣」を持てと言われたことに、戸惑いを覚えるのではないでしょうか。

 あのとき弟子たちは行く先で歓迎され、喜んで帰ってきたのでした(10:17)。が主イエスは今や37「犯罪人の一人」として十字架に挙げられ、弟子たちも逆境に立たされようとしているのです。これらの言葉はその覚悟を求めるものだったのではないでしょうか。このとき実際の剣が役に立たなかったことは、49~51節に示されている通りです。

 聖書には、“戦い”の記述が多く現れます。中には、イスラエル人が先住民を蹴散らしてカナンの地に定着していった戦いの記録など、是認できないものもあります。一方、諸力相働くこの世にあって真の祝福のうちに生きていくことを求めるとき、人がさまざまな戦いをくぐらねばならないのもまた事実ではないでしょうか。その場合の敵とは他者ではなく、むしろ悪や不当な支配そしてそれらの前にあきらめ屈服しそうな自らの弱さです(エフェソ6:12)。そうした戦いにあって、今日交読した詩27編をはじめ各書は主こそが私たちの苦闘を見つめ、支え、導いてくださることを告げているように思います。

 主イエスご自身、激しい戦いの中で祈られ42「御心」を求められました。あなたたがたの戦いでも、祈ること、御旨を求めることが必要だと語りかけられています。

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