「丸太を取り除こう」

ルカによる福音書 6章37~42節
詩編 133編1~3節

 

 震災直後の石巻では、流れ出した製紙材料の丸太が道をふさぐ光景が多く見られました。41「丸太」とは他者との行き来をふさぐものであって、そうしたものが私たちの中にあることを主イエスは警告されたのでしょう。

 超教派で立ち上げられた東北HELP(仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク)の打ち合わせには各教派・団体から50名以上が集まっていて、これほど幅広い出会い・協力はかつてなかったとの声が聞かれます。連日火葬・土葬が続く中で、僧侶と牧師が協力して“弔い”とグリーフケアを提供する働きなども生まれつつあります。震災の被災の大きさは、一方で私たちの内にある隔ての41「丸太」を押し流した感があります。

 でもなお越えられない隔てがあります。震災の晩、石巻の海からは漂って助けを待つ人々の声が響いたそうです。でも真っ暗な中できることはありませんでした。この声に、この声を胸にこれから生きていく人に私たちは何ができるのでしょう。この隔てを越え行かれる主の憐れみを求めねばなりません(エフェソ2:14)。

 ホームレス支援にまた震災救援に労する奥田知志牧師(日本バプテスト連盟東八幡教会)は、“究極的なもの”に裁かれ赦されつつ“究極以前のもの”に関わり続けることの意味を語っておられます。今私たちに必要なのは、あの声を忘れることなく、できることに向かうことだと思わされています。

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