「私らしく生きる」

ルカによる福音書 13章6~9節
エゼキエル書 16章4~6節

 

 6「ぶどう」は聖書に頻出する重要な作物であり、神に植えられたイスラエルの民を象徴するものでした(詩80:9、ルカ20:9~等)。並んで 6「いちじく」も神の祝福の作物に数えられています(申8:7)。今日のお話で、この一本の 6「いちじくの木」は意図的に、すなわち多大の期待をもって植えられたことがわかります。ところが 7「三年」経っても実りを見い出せなかった。主人は 7「切り倒せ」と言いますが、園の世話をし愛着のある 7「園丁」は世話をするので 9「来年」まで待ってくださいと願うのです。私たちはこの 7「園丁」に主イエスの姿を見ます。

 この一本の 6「いちじくの木」とは、唯一無二の私のことを指していましょう。世界と歴史にどれだけ多くの人がいようとも、主なる神はかけがえのない存在として一人一人を造り、向き合われるからです。この方に向き合いつつ生涯を全うしたい、と私たちは先般コイノニア会をもちました。

 併せ開いたエゼキエル書にも、主の私たちに対する熱情が示されています。主は小さな者に目をとめ 6「生きよ」と言われます。神から命を分け与えられた者であるが故にです。

 こうした熱い思い、期待を知り、私なりに応えていこうと歩み出すことが 5「悔い改め」です。唯一無二の私に向き合われる方に応えること、それは “私らしく生きる” ことにつながってきます。

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