「共に座るために」

詩編 133編1~3節
マルコによる福音書 14章32~42節

 

 モーセの兄の 2「アロン」は主によって最初の大祭司に立てられ(出28:1)、その職はその子孫が受け継ぎました。2~3節の描写は、アロンかその子孫が聖別の油を注がれ大祭司とされた祝福の様子です。香油の滴りが、 3「ヘルモン」山から流れ出てやがては 3「シオン」=都エルサレムを潤す 3「露」の恵みに重ねられています。そして 1「兄弟が共に座っている」一見あたりまえのあり様にも、これらに匹敵する主の恵みがあるのだと歌われています。たしかに、カインとアベル、ヤコブとエサウ、ヨセフと兄たち…と、兄弟の愛憎が聖書にも多く描かれています。

 2「かぐわしい油」とは、オリーブ油に香料を混ぜたものだったと思われます。聖別の油は、祭司・王(サム上10:1等)・預言者(王上19:16等)に注がれ、やがてこの三職を一身に担う救い主が現れるとの信仰が生じました。メシア=キリストとは “油注がれた者” という意味です。

 主イエスが十字架につけられるべく捕えられたのが、オリーブの茂る32「ゲツセマネ」だったことは示唆的です。この名は “油絞り” との意味です。また復活の後、昇天されたのもオリーブ山からでした(使徒1:12)。主イエスの十字架は、皆に主の祝福を注ぐためであり、私たちが隔てを乗りこえて 1「共に座」るためであったことを心に刻みたく思います。

コメントは受け付けていません。