平和主日礼拝 「平和を宣言する主に導かれ」

詩編 85編9~14節
コリントの信徒への手紙 二 5章16~21節

 

 9「平和」という言葉に、どういうあり様を思い浮かべるでしょうか。11「慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます」、この箇所は聖書の告げる 9「平和」が社会的なことにとどまらず、天地を満たし地の13「実り」をも生み出す恵みの力であることを告げています。地震・津波・原発事故で住むこと、食べること、それらを育てることも大きく傷ついた今は、この 9「平和」が損なわれた時代なのだと思います。

 でも人間はこれまで兵器をつくり戦争を起こして、自らこの 9「平和」を破壊するという 9「愚かなふるまい」を繰り返してきました。今日も共に朗読する“戦争責任告白”は、それが決して他人事ではなく私たちの課題であることを示しています。

 でも主はそうした課題と悩みのある中に(5~8節)、 9「平和」の訪れと実現を 9「宣言され」ます。津波の跡地に草花が生え出てきたように、主の望まれる 9「平和」はこの今も実りに向けて育ちゆくのです。震災からの立ち上がりは、かつての 9「愚かなふるまい」を悔い、11「慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけ」するあり様を目指すものでなければなりません。そして私たち一人一人にも、この「和解のために奉仕する任務」(Ⅱコリント5:18)が与えられています。

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