「あなたたちもぶどう園に行きなさい」

マタイによる福音書 20章1~16節
箴言 29章25~26節

 

 主イエスの語られた譬え話を味わっていきたく思います。

 収穫期の 1「ぶどう園」では多くの労働者が必要です。一日1デナリオンの約束で、夜明けに人々が雇い入れられました。加えて9時、12時、午後3時、午後5時にも雇われた人がありました。さて日没、賃金が支払われる段となり 8「最後に来た者」が呼ばれて1デナリオンを受けとったのです。 8「最初に来た者」は訝しく思ったかもしれませんが、10「もっと多くもらえる…と思って」待ちました。ところが自分も受け取ったのは1デナリオンだったのです。

 これは今日の私たちから見ても、おかしな待遇です。 8「最初に来た者」のように不平を言いたくなります。しかし13「主人」は不当なことはしていない、15「私が善いので、あなたの眼が悪くなっている」のだ(田川建三訳)と言われるのです。

 なぜ不当だと思うのか、それは比較の物差しを持ち込んでいるからです。この世はその物差しで計られ、私たちもそのような見方に染まって一喜一憂するのです。でも神の国はそのような物差しで計ることはできない、と主イエスは言われるのです。

 1「ぶどう園」とは、神の祝福を受けたこの世界を表しています(イザヤ5章)。課題が山積し様々な思いが交錯するこの世界にも神の祝福は注がれている、そのことを見誤らずに 4「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と呼びかけられています。そう考えると、ぶどう園で長く働いた者こそ実は幸いなのかもしれません。

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