「み業は進んだ」

ルカによる福音書 22章1~13節
出エジプト記 12章5~14節

 

 昨年9月の説教で讃美歌290に触れ、十字架につけられ踊れなくされた主イエスは復活を遂げ今も踊っておられると語りましたが、釘づけられた受難の時こそ実は渾身で踊っておられたのではなかったかと後に思い直しました。

 今日開いた前半には、主イエスを亡きものとしたい者たちの計略が進んでいった様子が記されています。あろうことか使徒の一人ユダに 3「サタンが入った」のです。ユダの心の内は知り得ませんが、サタンは彼の罪に働きかけたのでした。あの荒れ野で誘惑した「悪魔は…時が来るまでイエスを離れた」(4:13)とありました。ついにその時が来たのです。

 後半には13「過越の食事」が備えられたことが記されています。これは旧約で開いたように、主なる神がみ腕を伸ばしイスラエルの民をエジプトから解放されたことを記念する行事です。その際には必ず 7「小羊を屠る」ことになっていました。さて準備に際して、主イエスはすべてを見通しておられたとあります。この主は 2「祭司長たちや律法学者たち」の企て、さらには 3「サタン」の誘惑、 3「ユダ」の思いをもご存じだったと読むべきです。

 ここには、人の企てと神の計画が重ねられています。主イエスは罪に操られる人の愚かさと悲しみを知りつつ、自ら犠牲の 7「小羊」となることを選びとられたのです。それは世と生けるものを罪の束縛から解放することこそ、神の計画でありご自身の使命であったからです。まことに “悪が力をふるう中も、み業は進んだ” (讃美歌290④)のでした。

 この主イエスご自身を指し示す 7「過越の小羊」に、破れある使徒たちもそしてユダもあずかったのです。主イエスの限りない慈しみを感じます。

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