「東からはじまること」

コリントの信徒への手紙 一 1章18~24節
詩編 107編1~9節

 

 震災に際し、教会にまず与えられた問いは“なぜこのような地震が起こるのか、神はどこにいるのか”でした。私たちは背後にある現実の厳しさを忘れることなく、この問いに向き合わねばなりません。私たちの内からはなかなか答は見い出せませんが、聖書は“神などいない”と叫びたくなるその現実に主イエスご自身が立たれたことを告げています(マルコ15:33~)。そう叫びたくなるところにこそ神は共におられることを見つめ、語り、証ししていく責務が教会には与えられていることを思います。

 もうひとつ目の当たりにしたのは、窮地にあって自然に助け合う人々の姿でした。今も教会には多くのボランティアが訪れて働きを提供すると共に、被災地から何かを学んで帰っていきます。

 先日、毎週のように被災地に入って働きを続けている奥田知志牧師(バプテスト連盟東八幡教会、北九州ホームレス支援機構代表)の講演を聴く機会がありました。テレビは盛んに“がんばろう”と東にエールを送っているけれども、今必要なのは大きな十字架が立った東の地からの言葉に耳を傾けることではないのか、教会はそこで生ける主に出会い得るのではないのかとの問いかけを頂きました。

 発生から半年を経ましたが、震災はなお現在進行形です。そこから発せられる言葉に聞き、生きて働かれる主に出会いたく願います。

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