「神のものは神に」

ルカによる福音書 20章20~26節
イザヤ書 31章1~9節

 

 エルサレムで宣教を始められた主イエスに対する19「律法学者たちや祭司長たち」の敵意は深まっていきました(1・19節)。そこで20「回し者を遣わし」訊ねさせたのです。22「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか」。これはローマ帝国から課されていた人頭税のことで、ユダヤ人には占領国への従属を象徴するものとして悩みの種となっていました。22「適っている」と言えば民衆は離反する、22「適っていない」との答を引き出せば反ローマ主義者としてイエスを告発できる、そうした23「たくらみ」が込められていました。

 このとき主イエスは、25「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言われたのでした。これは一見納税を是認したように見えつつ、皇帝はあなたたちはそして誰もが本当に25「神のもの」を25「神に返し」ているかとの深く鋭い問いかけの言葉です。

 明日は “信教の自由を守る日” です。嘘や隠蔽が横行し力のみがまかり通るような中で、命の尊厳を守る人権・自由・平和…がすり替えられ奪われていくことを恐れます。大国 1「エジプト」と 8「アッシリア」の狭間で右往左往していたB.C.8~7世紀の南王国ユダにあって、それらはまやかしの 7「偶像」に過ぎないと預言者イザヤは語り、 2「御言葉を無に帰されることはない」真実なる方をこそ求めることの確かさを指し示しました。

 伝道者パウロは「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が…内に住んでいることを知らないのですか」(Ⅰコリント 3:16)と語っています。一人一人に神から託された尊厳は、日々のともし火また糧として生涯携え、ついには主なる神にお返しするものです。これを、すり替えられたり奪われたりしてはなりません。

コメントは受け付けていません。