世界聖餐日礼拝 「過越の完成を仰いで」

ルカによる福音書 22章14~23節
出エジプト記 12章21~28節

 

 聖餐の原型は十字架につけられる前の晩、主イエスが弟子たちと共にまもった15「過越の食事」でした。それは出エジプト12章に記されるように、主がイスラエルの民を苦難から導き出されたことを記念する行事でした。

 ところが24「永遠に守らねばならない」と命じられたこの儀式も、一時絶えたことがあったようです(列王記下23:22)。大国の狭間で民が右往左往していたこのB.C.7世紀に、ヨシヤ王は過越祭を再興しました。この祭を共にすることを通して、現実の苦難からの叫びに神は耳を傾けられること、歴史へと手を伸べて救い出されること、我々はこの神に支え導かれる民であることを再確認していったのです。

 15「過越の食事」において主イエスは16「神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決して過越の食事をとることはない」と、この食事が過去の救いにとどまらず来たるべき完成の成就をも記念するものであることを明らかにされて十字架へと進まれました。私たちの歴史に手を伸べられる神は、その苦しみをも共にしさらには担われ、ついに完成へと導かれるのです。聖餐で私たちは、苦難と救いの記憶、主イエスの受肉と十字架、そして神の国での祝宴、多くの恵みを味わうのです。

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