「平和の子」

ルカによる福音書 10章1~12節
イザヤ書 11章6~10節

 

 津波被災でN姉が消息不明になって以来、“今、思い浮かべる一人一人の上に”との言葉をつけ加えて祝祷をするようになりました。私たちはわが身に恵みを頂くのみならず、それを分かちあうべく礼拝から押し出されてゆくのです。

 試みのある世に私たちは歩んでいますが(3節)、主なる神は今も生きて私たちに働きかけられます。そして私たちの内にはその働きかけに響き合うものがちゃんと備えられているのだ、と聖書は語ります(創世記2:7)。

 同様に、私たちは他者とも響き合い、頂いた恵みを分かち合うことができると主イエスは言われます。あなたはその人のために 5「平和があるように」と祈ることができるし、あなたがたの中に 6「平和の子」があれば神の平和はそこで響き合うだろう、と主は語られました。

 生きとし生けるものに分け与えられた神の息、これこそ 6「平和の子」なのではないでしょうか。世の諸力が相い働く中で、私たちはその息吹を押しとどめて歩んでいるのかもしれません。でも神に導かれてその 6「平和の子」たちが響き合うとき、世に生きる私たちも 3「狼」と 3「小羊」とが共に宿る神の国の希望を垣間見得る(イザヤ11:6)、こう教えられています。

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