召天者記念礼拝 「真に思い起こすべきこと」

ペトロの手紙 二 1章3~15節
イザヤ書 44章21~23節

 

 今日の聖書の箇所は、しきりに12・13・14「思い出」させたいと繰り返しています。限りある人生において、私たちはほんとうに価値あるものを選び取りたく願います。しかし罪の力は私たちの目を曇らせ(9節)、真に思い起こすべきことと必ずしも大切ではないことをしばしば取り違えさせるからです。

 生が限りあるものであることは本当に悲しむべきことでしょうか。古来、人間は不老不死を夢みてきましたが、それが文字通り実現するとしたら果たして魅力的でしょうか。今日の箇所は私たちの今の生が12「仮の宿」だと語ります。

 この語においてまず指し示されているのは、私たちの生に終着があるとの厳粛な事実です。しかしその終着は、ふるさとへの帰着なのだとの示唆がここにあります。私たちが今生きているのは、神に10「召され…選ばれ」命を分け与えられてこの旅路に送り出されてきたのだということを思い起こすときに、生により明確な意味と方向が与えられるのです(5~8節)。このことを共々に思い起こすとき、15「世を去った後も」私たちはなお神にあってつながり得ることを知るでしょう。

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