「床を担いで家に帰りなさい」

ルカによる福音書 5章17~26節
詩編 78編40~58節

 

 当時の18「家」は箱型で外階段があり19「屋根」は木の枝や日干し煉瓦・土などで出来ていましたから、穴をあけることは難しいことではありませんでした。が、19「人々」が集まっているその真上から穴をあけ19「病人を床ごとつり降ろした」というのは、あまりに大胆そして非常識な行動です。

 この病人と連れてきた18「男たち」は強い絆で結ばれていたのでしょう。主イエスの評判を聞きつけ、重荷を一刻も早く取り除いてほしいと18「床」に乗せた彼を懸命に運んで来たのです。主イエスは20「その人たちの信仰を見て」、20「人よ、あなたの罪は赦された」と宣言されたのでした。

 ところが人々の一部から訝りが起こりました、21「神のほかに…だれが罪を赦すことができるだろうか」。これに対し主イエスは、23「『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」と訊ねられたとあります。口で罪の赦しを言うのは簡単だ、と人々は考えたかも知れません。が、主イエスのこの宣言は容易く発せられたものではありませんでした。

 20「罪」の原意は“的を外す”ということです。神の恵みの許に創られ養われながら繰り返しこれを裏切ったイスラエルの民を指弾する詩78編は、その罪について57「真実を失い、狂った弓のようにねじれた」(口語訳)と記しています。喜びを希望を平和を願いながら互いに傷つけあう世と私たちは、このねじれを断ちがたく纏っています。この罪の呪縛から神の大いなる祝福へと世と被造物を解放するために、主イエスは十字架へと進まれたのです。

 癒された彼に、主イエスは24「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われました。24「家」とはこれからの歩みのこと、24「床」は彼がしてもらった重荷の担い合いを指していましょう。神の赦しのもと互いに支え合い生きること、それが罪に勝って生きる道だと主は彼を、人々を、そして私たちを送り出されたのです。

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