「荒れ野に広い道を通せ」

ルカによる福音書 1章5~17節
イザヤ書 40章1~5節

 

 主イエス降誕に先立つ、洗礼者ヨハネ誕生の告知の箇所を開きました。彼はイザヤ40章に預言された 3「主のために、荒れ野に道を備え」る働きを、主より託されていました(17節、3:1~)。

 イザヤ書40章の預言はB.C.6世紀、イスラエルの罪のゆえに起こった捕囚がついに終わり、民の帰還と共に 5「主の栄光」が都エルサレムに帰られることを語っています。しかしその都は50年前の戦乱時の廃墟のままでした。即ち 3「主のため」の 3「道」とは、罪によってもたらされた悲惨の現実の只中に主ご自身が来られるための道だったのです。私たちは、震災そして放射能汚染の今日にも響くものとして、このメッセージを受け取りたく思います。

 この主のために 3「道を備え」るということはどういうことでしょう。洗礼者ヨハネが呼びかけた「悔い改め」(3:3)とは方向転換を意味します。田中優さん(NPO未来バンク理事長)は先日の教区の集いでの講演で、あの悲惨があった3.11を私たちはよりよき環境を未来に残すための転換点としなければと語られました。私たちは漫然と主をお迎えすることはできません。ふさわしい17「準備」を考え、整えよと洗礼者ヨハネは呼びかけています。

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