「御心に適った悲しみ」

創世記 42章1~25節
コリントの信徒への手紙 二 7章8~11節

 

 ヨセフが解いた通り(41:25~)飢饉が訪れ、 3「十人の兄たち」は買い出しに来て 6「エジプトの司政者」となっていた 6「ヨセフを拝した」のでした。あの 9「夢」(37:7)が現実となったのです。が、自分たちが売り飛ばした弟が20年経ってエジプトの宰相となっているとは考えもしない兄たちは、ヨセフに気づきませんでした。

 強い立場のヨセフは兄たちにスパイ容疑をかけて監禁し、最終的には13「末の弟」ベニヤミンを連れてこさせようとします。ヨセフは報復をしようとしたのでしょうか。でも彼は陰で24「泣」き、厚遇をもって兄たちを帰らせています(25節)。

 ヨセフは兄たちに過去の気づきを願ったのでしょう。13「もう一人は失いました」とヨセフを売ったことをまるで他人事のように語っていた兄たちも、これらのやり取りの中で21「ああ、我々は弟のことで罰を受けているのだ」と悔い改めへと導かれていったのです。

 伝道者パウロは異端に翻弄されるコリント教会に 9「悔い改め」を求める厳しい 8「手紙」(10~13章の部分)を書き送りました。そのことに触れ、悲しみにはただ滅びゆく10「世の悲しみ」もあれば、人知を超えて10「救いに通じる」10「神の御心に適った悲しみ」もある、とパウロは語ります。

 ヨセフ物語は「あなたがたは…悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え…救」いをもたらされるとの言葉で閉じられます(50:20)。時に主は私たちに、痛みや悲しみをも与えられます。その中にもみ旨を求める祈りを与えられたく願います。

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