「王を立てた誤り」

士師記 9章6~15節
コリントの信徒への手紙 一 4章8~13節

 

 約束の地カナンに定着後、イスラエルはしばらくの間王をもたず、士師と呼ばれるさばきづかさが指導しました。士師記には12人の士師が登場します。その一人ギデオンが強力な敵ミディアンを打ち破ったとき、人々は彼を王に立てようとしました。が、ギデオンは「主があなたたちを治められる」(8:23)と、これを退けたのでした。

 ところがその息子アビメレクは言葉巧みに首長たちを束ね、兄弟70人を虐殺してイスラエル史上初めての王の座に就いたのです。一人残った末の弟ヨタムがこれを告発して語ったのが、今日開いた譬話です。

 木々が王を立てようとして 8「オリーブ」10「いちじく」12「ぶどう」に頼みに行きます。が、彼らは9・13「神と人」に仕えることこそわが使命だとこれを断りました。最後に15「茨」が引き受けますが、その結果15「火が出て…焼き尽く」すだろうと不気味な予告がなされています。やがてそれは、現実となったのでした(21~57節)。ここでは、権力が含みもつ根深い問題が言い当てられています。

 日本国憲法はその前文で主権在民を宣言し、この普遍の原理が国の基礎であると述べています。ところが自民党が出している改憲草案は “日本国は長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって…” (前文)と特殊な価値から国を規定しようとし、“全て国民は、この憲法を尊重しなければならない” (102条)と国家権力を憲法で制限する立憲主義を転倒させています。

 伝道者パウロは、自己満足と高ぶりに陥ったコリント教会員に対し、十字架の主イエスに従って仕える者となることの真実を指し示しています。9・13「神と人」に喜ばれる生き方を求めたく願います。

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