「主なる神に仕え、隣人を愛しなさい」

ルカによる福音書 10章38~42節
申命記 4章1~2節

 

 今日開いた箇所は、よく39「主…に聞き入っていた」マリアと40「もてなしのため…立ち働いていた」マルタの対比、すなわちみ言葉に聴くことと奉仕の対比の物語だと語られます。前段のサマリア人の譬が27「隣人を…愛しなさい」との教えを噛み砕いたものだったので、続くこの物語で27「主を愛しなさい」との教えを展開しバランスをとっているのだ、との読み方もあります。

 でもこれですっきり納得できるでしょうか。プロテスタント教会の婦人会名として“マルタ会”はあっても“マリア会”はほとんど聞きません。ここにも、これらの読み方への無言の抵抗があると思うのは、読み込みすぎでしょうか。

 41「マルタ、マルタ」との主イエスの呼びかけには、ある種の憐れみと希望が込められているように思います(22:31、使徒9:4)。おそらく主イエスは、愛すべきマルタがちょっとしたズレを抱えこんでしまったことを忠告されたのです。それは慌しさの中で心を乱し、姉妹マリアから聴くことを42「取り上げ」ようとしたことでした。42「良い方」との訳には二者択一の響きがありますが、原語は“分け前、その人の分”との意味です。“いくら一生懸命でも、マリアの分を取り上げてはいけないよ”と主は言われたのです。

 では42「ただ一つ」の42「必要なこと」とは何でしょうか。それは、聴いて行うことであり、“主なる神に仕え、隣人を愛し、主なる神を愛し、隣人に仕え”(派遣の言葉)ることです(申命記4:2)。

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