「ヨナのしるし」

ルカによる福音書 11章29~32節
ヨナ書 4章1~11節

 

 29「しるし」とは、平たく言えば“証拠”です。すでに20「神の指で」人々を解放しておられた主イエスになお、人々は救い主としての“証拠”を求めたのでした。

 これに対し主イエスは、与えられるのは29「ヨナのしるし」だけだと言われました。それはどういう意味だったでしょう。

 ヨナは旧約の時代、退廃の都ニネベに神の裁きを伝えるべく神から遣わされた人物です。ヨナは大任に尻込みして別の方向に逃げ出そうとしますが、神の手を逃れることはできず、ついにヨナは「三日三晩魚の腹の中で」(ヨナ2:1)過ごすことになったのでした。この「三日三晩…」をもって、主イエスはご自身が引き受ける十字架の死を指し示されたのです。救い主の29「しるし」とは、人々の思いとは全く違う形で与えられたのでした。

 さて改心したヨナがニネベの人々に裁きを告げると、人々は悔い改め、神も裁きを下すことを思い留まられました。一方、私の苦労はいったい何だったのかと怒るヨナに、神は一本のとうごまのエピソードと共に“どうして私は右も左もわきまえないこれらの人々を惜しまずにいられようか”との言葉を与えられ、この物語は閉じられます(同4:11)。

 主イエスは29「よこしま」な時代、右も左もわきまえず頑なな人々を嘆きつつも、その救いのために命を分け与えられたのです。今の時代と私たちも、この憐みと慈しみを頂いています。

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