「真理・勇気・平安」

ルカによる福音書 12章1~12節
創世記 17章15~19節

 

 アブラハムとサラにやっと与えられた子の名前を、神は19「イサク(彼は笑う)」と名付けさせられました。神のお告げを受けたときアブラハムは17「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」と言って17「笑っ」たのです(18:12~)。この子の名前は二人への罰だったのでしょうか。この子が生まれたとき、サラは「神はわたしに笑いをお与えになった」(21:6)と心から感謝しました。疑いも恐れをも抱える私のありのままの姿をご存知の上で神は祝し導かれるその恵みを、二人はわが子の名を呼ぶたびに仰いだのでした。

 私のすべてが知られているということは、一見恐ろしいことに見えます。が、その上で私が神の真実の内に恵まれ生かされていることを知るとき、そのまなざしはむしろ私たちを自由にするのです。

 主イエスは 2「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない」との真実の力、 4「体を殺しても…それ以上何もできない者どもを恐れてはならない」とそこに生まれる勇気、 7「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。」との平安の源泉を指し示しておられます。

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