東日本大震災1周年を覚えての礼拝 「地震のままにしておくな」

エレミヤ書 31章15~17節
ヨハネによる福音書 11章28~44節

 

 大震災発生より1年を迎えました。あのときと同じように教育館で礼拝をまもっていると、心細いなんとも言葉にできない思いが戻ってくるようです。

 この間、避難所は仮設住宅へと変わり、求めも物資からワーク、そして生活再建の支援へと変わってきました。一方、町から離れた地域・原発に近い地域では、違う時間が流れているかのようにすら感じられる被害がまだ横たわっています。そうした中、私たちがなし得ることは何でしょうか。

 それは震災の今を忘れないことと、その今を明日へと変えていくことではないでしょうか。先月発題に伺った京都教区研修会の礼拝で、“地震を地震のままに、津波を津波のままに、放射能事故を事故のままにしておいて良いのか”とのメッセージを頂きました。

 亡国と捕囚という大きな苦難に嘆く人々に、預言者エレミヤは神から言葉を預かり16「目から涙をぬぐいなさい」17「あなたの未来には希望がある」と語りました。主イエスは、愛する者を失った者といっしょに35「涙を流され」ると共に、私たち人間の悲嘆を40「神の栄光」へと変えられました。

 震災は私たちの知恵も技術も力をも崩し、押し流す規模のものでした。涙を希望に、今を明日に変えていくためには、人間を超える導きを仰がねばなりません。その主は私たちと共におられます。

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