「名はレギオン」

マルコによる福音書 5章1~20節
出エジプト記 33章12~17節

 

 「向こう岸に渡ろう」(4:35)と嵐のガリラヤ湖を渡って主イエスがやって来られたのは、この地にも主の救いを必要とする一人がいたからでした。 2「汚れた霊」に支配され激しく苦しみ、共同体からも見放されていた 3「この人」に主イエスは近づかれ呼びかけられました、 9「名は何というのか」。すると代わって悪霊が返事をしたのです、 9「名はレギオン」。

 ここには著しい対比があります。 9「レギオン」とは、6000人から成る軍団の名であるからです。 9「名」はその人の個性・人格を表します。一方、そうした個々人を記号化し数量化して目的のために利用するのが軍隊です。

 主イエスは 7「いと高き神の子」としてこの軍団にも比すべき悪霊を追い出す力を顕わされつつ、小さな一人に向き合おうとされるのです。

 今日の旧約には、主が出エジプトの指導者モーセを17「名指しで選んだ」とあります。主は圧倒的な18「栄光」を帯びる方でありつつ、私たちの名を呼び向き合われる方であることがここに示されています。

 一方、村人がこの一人の解放を共に喜ぶことができなかったことに(17節)、世もまた真に自由ではなく悪しき力に影響され縛られていることが示されています。世を自由と喜びへと解放される十字架と復活の主の働きは、今もなお続いていることを仰ぎます。

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