「自分の量る秤」

マルコによる福音書 4章21~25節
ホセア書 12章7~11節

 

 私たちは無意識の内に、無数の情報の中から必要なものだけを取捨選択して用いています。たとえば大勢が喋っているパーティの中でも必要な人との会話が成り立つ聴覚能力を、カクテルパーティー効果というのだそうです。

 さて今日の箇所で主イエスは、23「聞く耳のある者は聞きなさい」24「何を聞いているかに注意しなさい」と言われました。上記のこととはちょっと違いますが、あなたは何を大切なこと価値あることとして事を選びとっているのかとの問いかけでしょう。

 あわせて21「升」や24「秤」が登場しています。旧約に「あなたたちは、不正な物差し、秤、升を用いてはならない。正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。」(レビ19:35~)「公正な天秤、公正な秤は主のもの。袋のおもり石も主の造られたもの。」(箴16:11) と告げられていますが、この世は 8「欺きの秤を手にし、搾取を愛する」のです。私たちは何に耳を傾け、選びとり、尺度とするのでしょう。24「あなたがたは自分の量る秤で量」られる、との主イエスの言葉を私たちまた世は真剣に受け止めねばなりません。

 21「燭台の上に置」かれて部屋を明るく照らし出す21「ともし火」とは、世に福音として来られた主イエスご自身のことです(ヨハネ1:9)。このまことの光はまず辺境の地ガリラヤに灯されました。十字架と復活を経て地中海世界へ、そして代々の信仰者を通じて広く世界にもたらされました。そして22「隠」され22「秘められた」人と世の闇がすべて照らし出されるまで、その働きは続くと主は言われました。今も生きて働かれる主の言葉に聞き、その指し示しに歩む者でありたく願います。

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