子どもの日・花の日合同礼拝 「空の器は満たされる」

列王記下 4章1~7節

 

 聖書の時代、 2「油」はオリーブの実を絞って作られました。それは料理のほか、灯し火、薬や(ルカ10:34等)礼拝など(レビ8:10~等)にも用いる大切なものであり、そこに人々は神さまの祝福を見たのでした。

 預言者エリシャのもとに、一人の女性が助けを求めてやってきました。やはり預言者であった夫は 1「主を畏れ敬う人」でしたが気の毒なことに亡くなってしまい、残された家族も大きな 1「債権」のため危機に瀕していたのでした。もはや 2「油の壺一つのほか、…家には何もありません」というありさまだったのです。

 エリシャは 3「近所から…空の器をできるだけたくさん借りて来なさい」 4「その器のすべてに油を注ぎなさい」と不思議なことを命じました。でも女性が言われた通りにすると、 6「器がどれもいっぱいになる」まで油は途切れなかったのです。こうして家族は危機を脱したのでした。

 途切れることのない 2「油」は神さまの祝福を表していましょう。では 3「器」とは何でしょうか。それは神に造られた私たちのことでしょう(イザヤ45:9等)。神さまは不思議な恵みをもって、私たちを満たしてくださるのです。加えて色々なことに気づかされます。 3「近所から」の器が助けとなったように、私たちは互いに支え合うことができるのです。また別の何かで満たされていない 3「空の器」だから役に立ったのです。神さまの祝福を受けとめ、互いに支え合う私たちでありたく願います。

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