「生きて働かれる主を仰ぎ、その希望を分かちあおう」

コロサイの信徒への手紙 1章19~23節
イザヤ書 2章1~5節

 

 今日開いたコロサイ1:20は2012年度宣教活動計画案の聖書箇所、説教題は主題です。

 この箇所は今年の新年礼拝にも開き、主の眼差しと臨在から洩れる場所はないことを学びました。震災発生後1年を経て、この土地と時代とはなお大きな課題の中を歩んでいますが、私たちはその重荷を負われる十字架の主、平和を実現される復活の主がその只中に生きて働いておられることを仰ぎたく思います。

 このことを信じようとするとき、私たちは恵みと共に課題をも受け取ることになります(24節)。なぜこのような震災が与えられるのか、それはたやすくは答が得られない問いです。そこにも働かれる主に導かれて課題を、恵みを分かちあう歩みがやがては答へと近づきゆくのではないでしょうか。

 B.C.8世紀、大国アッシリアに脅かされ 4「剣」 4「槍」が振りあげられる現実の中で、預言者イザヤは人の思いを超えて実現してゆく神の約束を仰ぎました(28:16)。課題ある今も 2「終わりの日」の平和へと位置づけられていることを信じて、 4「鋤」 4「鎌」を手にしようと呼びかけたのです。私たちも今、主の臨在にあって与えられる 5「光」を分かちあいたく願います。

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