ペンテコステ礼拝 「弱いわたしたちをも」

ローマの信徒への手紙 8章26~28節
イザヤ書 41章8~10節

 

 主イエスの十字架、復活、昇天を辿った弟子たちは聖霊降臨を体験して大いなる力に満たされ、閉じこもっていた扉を開け放ち、福音を証しし宣教の業に出ていきました。最初のペトロの説教では、約3000人が洗礼を受けたとあります(使徒2章)。このようにペンテコステの出来事は教会の誕生日、そして世界伝道の出発点となりました。実に力強い聖霊の働きです。

 しかし、そうした力強さだけが聖霊の証しなのではありません。今日の箇所で伝道者パウロは、26「同様に、“霊” も弱いわたしたちを助けてくださいます」と語りかけます。続く26「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが」とは一見不思議な言葉と響きます。が、自らを遥かに上回る課題に取り囲まれ窮地に立たされたとき、私たちは何をどう祈ったら良いか分からなくなるのではないでしょうか。でも、生ける神の働きなる聖霊はそうした私たちの22・26「うめき」を分かつと共に、神へと27「執り成してくださる」のです。28「万事が益になるように共に働く」とは、楽観的な現状肯定論ではありません。26「弱いわたしたち」がすべてをご存じなる方の見守りと支えの内に置かれているとの安心の告白です(イザヤ41:9~10)。

 パウロは自らの持病との戦いの経験を振り返り、「力は弱さの中でこそ…発揮される」「大いに喜んで自分の弱さを誇ろ」う(Ⅱコリント12:9)と語りました。自らの弱さにも顕わされる神の恵みを彼は見出し、感謝したのでした。

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