「復活の主に導かれてガリラヤへ」

マルコによる福音書 1章29~39節
ヨシュア記 20章1~8節

 

 マルコ福音書は主イエスのガリラヤ宣教に始まり(14節)、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。…そこでお目にかかれる」(16:7)との復活を指し示す言葉で終わります。主イエスの言葉、働き、そして十字架を辿ってきた読者は、もう一度冒頭に帰り、復活の主に伴われてガリラヤ宣教へと向かうべく編まれているのだとの説があります。

 ガリラヤはイスラエル十二部族が住み着いた地域で北端の辺境の地であり、戦乱にあってはたびたび異邦人の支配下に置かれました。旧約の時代、過失で人を殺してしまった人が復讐から逃れるための 2「逃れの町」が6つ定められたとき、ガリラヤの町がその最初に挙げられました(ヨシュア20:7)。そのようなことからガリラヤは軽んじられ、蔑まれていた地方でした。

 が、主イエスはその地から宣教を開始され、「神の国は近づいた」(14節)と宣言されたのです。今日の箇所の熱に苦しむ30「シモンのしゅうとめ」、32「病人や悪霊に取りつかれた者」の姿は、数々の課題に生きる人々の現実を表しています。その只中に主は復活の力を帯びて帰ってこられ、その御業を揮われるのです。人々が主イエスを留めようとしたとき、主は「…他の町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。」と出発されたとあるように、復活の主は今日もその御業を進めておられることでしょう。そして、私たちも共に歩み働くべく招かれています。

コメントは受け付けていません。