「主イエスと共に今を歩む」

ルカによる福音書 12章49~59節
エレミヤ書 6章13~17節

 

 昨日、“宮澤・レーン事件”のドキュメンタリー上映と秘密保全法を考える会に出かけてきました。“宮澤・レーン事件”とは、1941年12月8日日米開戦のその日に、北海道大学の学生宮澤弘幸と教師ハロルド&ポーリン・レーン夫妻が軍機保護法違反との冤罪によりスパイ扱いされ、有罪とされた事件です。夫妻は当時属していた札幌組合教会(現:札幌北光教会)に聖書の差し入れを求め、青年たちが拘置所に向かおうとしましたが、関わりを恐れた牧師はこれを押しとどめたのでした。宮澤さんは戦後釈放されたものの、獄中の衰弱がもとで1946年27歳で召天されました。夫妻は1943年日米交換船で帰国しましたが、1950年再来日し北海道大学と札幌北光教会で奉仕されました。再来日してすぐ、夫妻は宮澤さんの墓参に出向きましたが、夫妻のせいで息子が死んだと思っていた両親はこれを拒絶しました。国家の冤罪は、人の信頼をも分断したのです。

 そして今、国家に都合の悪い情報を隠蔽し、恣意的に人を罰しうるとも指摘される秘密保全法が国会上程されようとしています。70年前の事件は、他人事ではなくなるかもしれません。

 ある人々を踏みつけにして安定を図る社会とその中に安住しようとする人の罪を知るとき、主イエスが51「地上に平和をもたらすために来たと思うのか」と言われた真意を知ることができるでしょう。誰かの犠牲の上に成り立つ見せかけの平和を主は糾し、真の平和に向けて56「今の時を見分け」57「何が正しいかを…自分で判断」することを求められるのです。

 預言者エレミヤは見せかけの平和に安住しようとする人々の過ちを指摘し(6:14)、捕囚という苦難にこそ主の導く「平和の計画」(29:11)があると語りました。今もまた、主の指し示す平和への旅路なのだと思います。共なる主と共にこの道を歩みましょう。

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