「父が子を背負うように」

使徒言行録 13章14~23節
申命記 1章26~33節

 

 第一伝道旅行に出発した二人は小アジアに渡り、タウルス山脈を越えて14「ピシディア州のアンティオキア」に到着しました。この町のユダヤ人会堂で説教したパウロは、かつてペトロがしたように(2:14~、3:11~)旧約の救いの歴史から説き起こしています。

 18「神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び」の部分は、申1:31「…神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださった」を意識して語られています。主のみ手によりエジプトを脱出しながら、民は主に信頼できず40年間荒れ野をさまようことになりました。が、その試練の間も民は主に背負われており、ついに約束の地に至ったのだとパウロは語りました。

 続く30・33・34・37節で実に四回「神はイエスを…復活させ」と告げられています。繰り返された民の不信と反逆にも、主の救いの計画はついえることなくこれを成就されたことをパウロは強調しています。23「救い主イエス」の受肉と十字架は、まさに31「父が子を背負うように」私たちを育み希望と平和へと結ばせようとの神の計画にほかなりません。

 時に私たちも荒れ野の旅を経験しましょう。なおその間も私たちは主の背にあり、希望へと到る主の計画の内に置かれていることを仰ぎたく思います。

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