「キリスト者の誕生」

使徒言行録 11章19~30節
コヘレトの言葉 4章9~12節

 

 アンティオキアは、ローマ帝国においてローマ、アレクサンドリアに次ぐ大都市でした。19「迫害のために散らされた人々」(81)によってこの町に福音が届けられ、20「ギリシア語を話す」異邦人が多数入信、アンティオキア教会が起こされたのでした。

 この町で、信じる者が26「初めてキリスト者と呼ばれるようになった」のだといいます。それまではユダヤ教の一派としか見られていなかったのが、そうではない固有の一集団と認知されるに到ったのです。エチオピアの宦官(826~)、コルネリウス(101~)のケースに既に示されていたように、ユダヤ人・異邦人の壁を超えて広く世界へと福音を進み行かせることは主ご自身のみ旨また計画でした。そして26「キリスト者」というのは“キリスト臭い奴”といった蔑称であったと思われますが、信じる者たちは喜んでこれを受け入れたのです。

 この教会へと派遣されたバルナバは、23「固い決意をもって主から離れることのないようにと…勧めた」とあります。主イエスにとどまり続けることこそ、真理と自由への道であるからです(ヨハネ831)。また災害をきっかけに、生まれたばかりのアンティオキア教会はエルサレム教会を援助してその愛を示したのでした。こうして信仰と愛は26「キリスト者」誕生のその最初からその内で生き、これを養い、今日に至っています。今日は高齢者祝福の日、主イエスにつながり、信仰と愛に日々を歩んでこられた兄弟姉妹を共に喜びたく思います。

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