「復活に連なる者」

使徒言行録 9章36~43節
イザヤ書 42章5~9節

 

 932から1118まで、ペトロの働きが記されます。エルサレムで起こった迫害によって多くのキリスト者たちが散らされ(81)、結果として各地に教会が生まれました。ペトロはそうした教会を32「巡り歩き」、信徒たちを励ましていたのでしょう。

 その途中ヤッファで、よき奉仕のゆえに人々に愛されていたタビタという一婦人の葬儀に出会ったのでした。39「泣きながら…作ってくれた数々の下着や上着を見せた」との人々の様子に、いつの時代も変わらない信愛の絆と、それを断ち切る死の力の無情を思います。

 ペトロは、祈りの内に40「タビタ、起きなさい」と呼びかけました。かつて主イエスが「タリタ、クム」と呼びかけ少女を死から起こされたことを(マルコ541)、ペトロは思い起こしていたことでしょう。復活の主イエスのみ業は、このとき連なるペトロを通じて顕わされ(34節)タビタは起き上がったのです。

 この箇所に触れて、19351967年の間、郡山・須賀川・猪苗代・西郷村などで伝道・奉仕されたA.アンダーソン宣教師のことを思い起こしました。先生は素朴な信仰を語り、その日本語も達者ではありませんでしたが、その深い愛情と熱心な働きは今なお地域の多くの人に語り継がれています。アメリカからの活動費はそのほとんどを奉仕や援助に充てられ、ご自身は村人から頂いたじゃがいもや野菜をいつも食しておられたと言います。先生は2005104歳で召されましたが、結ばれ養われた親愛の記憶はなお生きて働いています。

 起こされたタビタも何年かの後、その生涯を終えたことでしょう。しかし死を超えて生き続ける大切なものがあることを主の復活は指し示し、その希望は連なる者たちに受け継がれて私たちの許にも届けられています。

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