「その名はイエス・キリスト」

マタイによる福音書 25章31~46節
申命記 10章17~19節

 

 説教  松本 敏之 牧師 (経堂緑岡教会)

 

 イエス・キリストは、数会の主というだけではなく、世界全体の主である(32節)。主は、クリスチャンのためだけにではなく、すべての人のことを心に留め、すべての人のために死なれた。それほど大きなスケールの主の働きを、かえってクリスチャンが狭めてしまわないようにしたい。主の支配は私たちの想像をはるかに超える世界にまで及び、その恵みははるか遠くまで及ぶ。

 主イエスは貧しく、苦しみの中にある人々と一体となっておられるということを心に留めたい(40節)。「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ…」(35~36節)の言葉は、食・住・衣・健康・自由という5つの基本的人権に関係している(本田哲郎)。恐らくこの聖句からインスピレーションを得たであろう“その名はイエス・キリスト”というブラジルの賛美歌がある。“その名はイエス・キリスト/飢えに苦しみ、飢えのために叫んでいる…”。

 私たちは、神々しく見えるところよりも、むしろこの世界のひずみを受けて苦しんでいる人々とかかわることで、キリストと出会うのではないだろうか。あまりにも大きな構造的社会問題にたじろいでしまうこともあろう。しかしまず自分ができることをする中で、信仰の仲間があらわれて共同作業が始まっていくのではないだろうか。信仰の力は、私たちをそうした社会変革にまで向かわせるようなダイナミックな力をもっている(『讃美歌21』480番参照)。

コメントは受け付けていません。